
食事の後に寝転ぶと牛になる?
子供のころよく言われました。食べてすぐゴロンとすると、牛になるよ。牛は反すう動物ですから、膝を折って横になりながら口をもぐもぐさせています。そんな様子が行儀悪く見えるというわけで、戒めの言葉になりました。牛としてはきちんと座って食べてるつもりなのに、とんだ濡れ衣?ですね。

牛の味を教えるな。
日本人は古来より牛肉を食べる習慣がありませんでした。これは「神道」が不浄を嫌い「仏教」も動物の殺生を禁じていたことが影響しています。675年に天武天皇は、「牛・馬・猿・鶏の肉を食べてはならない」という詔勅を発しています。以来江戸時代まで、頻繁にこの禁令が出されています。これは単に宗教的なことだけではなく、農耕の大事な担い手である牛の肉の味を覚えられてしまうと、みんな食べられてしまって農業が成り立たなくなると危惧した一面もあるようです。
しかし、その一方で、近江牛で知られる近江の国から、薬用の名目で密かに将軍家に毎年牛肉の味噌漬けが献上されていたという話も。下々の者には禁じておきながら、支配階級ではこっそり食べてはスタミナをつけていたというわけです。いずれにせよ、牛肉は明治の文明開化を迎えるまで、一般庶民には遠い存在でした。

牛とねずみと猫。
昔々、神様が森の動物たちを集めてこう言いました。「こんど十二支を作ることになった。ついては明日、私の家に来なさい。早いものから順に十二支にいれてあげよう。」これを聞いたねずみは牛さんに言いました。「牛くん、きみは歩くのが遅いから夜中のうちに出発しなきゃだめだよ。僕が道案内してあげる。」牛はねずみにせかされて、夜中のうちに神様のところを目指して出発しました。ねずみは牛の背中に乗りのんびり眠っていきました。やがて夜が明けるころ牛は神様の家に着きました。もちろん一番乗りでした。ところがあと一歩というところで、背中に乗っていたねずみが飛び降りて、門をくぐりぬけてしまいました。この結果、十二支は、子・丑・寅・卯・・・の順になりました。
ところで、神様が話をしている最中に居眠りをしていた猫は、隣にいたネズミに「いま神様はなんの話をしたの?」とたずねました。ネズミは「明後日、神様の家に来なさいと言っていた」とウソを教えました。十二支に入れてもらえなくなった猫は、それ以来ネズミを追いかけまわすようになったとさ・・・・よくできたおはなしです。

牛に引かれて善光寺参り。
昔、信濃国に強欲で意地悪な老婆が住んでいました。ある日、白い布を洗濯して干しておいたら牛が角で引っ掛けて逃げていってしまいました。驚いた老婆は怒って、牛のあとをどこまでも追いかけました。牛が逃げ込んでいった先は善光寺。おそるおそる金堂に入ってみると牛のよだれでかかれた文字が光っていました。読んでみると「牛とのみ 思いすごすな 仏の道に汝を導くおのれのこころを」とあります。「ただの牛のしたことだと思うなかれ、こうしてあなたの心を仏の道へと導いてくれたのです」といった意味でしょう。さすがに、老婆も心の奥に眠っていた仏心が目を開き、私欲を捨てて信仰の道に入ることができたということです。18世紀の「本朝俚諺」に収められている逸話です。転じて、思いがけないことが縁で偶然よい方に導かれること(小学館ことわざ大辞典)、という意味に使われます。

牛若丸
京の五条の橋の上~♪、弁慶とであったのが、「源 義経」。幼名の牛若丸です。
屋島の合戦、壇ノ浦の合戦など天才的な軍略で平家一門を下し、鎌倉幕府の成立に大きく貢献した歴史上の英雄です。のちに兄、頼朝の怒りを買い追われる身になったことは有名ですね。
牛若丸は、常盤御前を母に、「丁丑の年、丑の日、丑の刻」に生まれたことから「牛若」と名付けられたと『お伽草子』に書かれています。
現在の京都市北区紫竹牛若町あたりが誕生の地と伝えられており、周辺には、常盤御前・牛若ゆかりの史跡が数多くあります。

牽牛と織姫
年に一度、七夕の日に会う事ができる牽牛と織姫のお話をおぼえていますか?
古い中国の寓話です。
~貧しいけど働き者の若者「牽牛」のもとに美しい娘「織姫」が現れます。財産といえば働き者の老いた牛が一匹と一本の鍬というつつましい生活をしていた「牽牛」にとって夢のような出来事でした。
相思相愛で夫婦となった2人には、たのしい生活が続きました。
数年たったある日、「織姫」は突然、天に呼び戻されてしまいます。
実は「織姫」は天帝の孫娘だったのです。
悲しみにくれた「牽牛」は、「織姫」を追いかけて天にいこうとしますが、いくすべもなく途方にくれてしまいます。
その時、苦楽をともにしてきた老牛が言いました。『私の皮をまとって飛べば、天にいけます。どうぞ私を殺して天にいって織姫と再会してください』。
苦悩した末に涙を飲んで、牛の言葉に従う「牽牛」。
ようやく、天に昇り「織姫」との再会を果たしますが、しかし、天帝の后がふたりの仲を裂くように天に一筋の線を引いてしまいます。これが“天の川”となり、ふたりは離れ離れになってしまいます。
一年に一度、七月七日の夜にだけ会うことが許されますが、その日は、何千万羽というカササギが飛び交い、天の川の上に橋を作り「牽牛」と「織姫」はこの橋を渡り落ち合うといいます。
ちょっと切ない物語です。

カウボーイ
アメリカ開拓時代、南部のテキサスから、はるかカリフォルニアまでの2千400キロもの長い道のりを牛の群れを引連れて旅をしたのがカウボーイ達です。
1800年代中頃、ゴールドラッシュに沸くアメリカ西部では人口が急速に膨らみ、それにともない食料となる牛が大量に必要とされたからでした。
一度に2000頭前後の牛の群れを10人前後のカウボーイ達が野営をしながら運んだそうです。
当時、テキサスではただ同然だった1頭1~2ドルだった牛が、カリフォルニアまで運んで100ドルで売った記録が残っています。
ウエスタンブーツにカウボーイハット、馬にまたがり投げなわを華麗に操るカウボーイ姿は古き良き時代のアメリカの象徴でもありました。
ヒンズー教と神様。
インドで信仰されているヒンズー教は、農耕作業の大切な働き手である牛を、神の使いとして神格化し崇拝しています。もちろん牛肉はタブー。「牛を傷つけるぐらいなら自分が餓死したほうがまし」というほどです。インドの牛は2億1千万頭。人口はおよそ10億人です。道路にも牛がゆっくり歩いていたり、寝そべっていたりしていますが、車も人も牛が通り過ぎるのをのんびり待っています。ちなみにイスラム教では、豚を汚らわしいものとして食べません。同じ「食べない」でも意味がまったくちがいますね。インドにはヒンズー教徒が85%、イスラム教徒が10%います。さて、インドにも某有名ハンバーガーチェーンが出店していますが、いったい何の肉を使っているのでしょうか? 正解はマトン(羊)。「マハラジャマック」といい、観光客にも大人気とか。