チーズとともに歩んできた人たちへインタビュー
橋本 年永さん 第二回
今まで培ってきた技術・知識を次世代に

失敗や工夫を重ねチーズづくりに情熱を注いできた雪印メグミルクの社員・橋本年永さん。
チーズ製造と研究開発に携わった38年のあゆみと“モノづくり”への想いをお聞きした第一回に続き,今回は今まで培ってきた技術・知識を次世代に繋ぐ,橋本年永さんの現在の活動を紹介します。

橋本 年永さん 雪印メグミルク㈱ミルクサイエンス研究所 札幌研究所

Profile:1987年に東京農業大学農学部を卒業し,雪印乳業株式会社(当時)に入社。以来,プロセスチーズ製造,ナチュラルチーズの製造や研究開発に従事。
現在はミルクサイエンス研究所 札幌研究所にて,シニア社員としてナチュラルチーズ研究開発の傍らチーズ製造の技術や知識を次世代に継承する取り組みも行っている。

知識から知恵へ 社内におけるチーズづくりの伝承

日常的には,チームメンバーとのディスカッションや試作の場を通じて,自分の経験を伝えるよう努めています。昨年10月からはチーム内でチーズ製造技術の勉強会をスタートし,座学や実習を実施しています。10月と11月にはカマンベールについて,座学と実習を行いました。続いて,12月と1月にはゴーダについて学び,今後もさまざまな種類のチーズや製法を題材に順次勉強会を計画しているところです。
また,毎年,工場の若手スタッフを対象とした技術研修でも指導を担当してきました。研修内容については,今後さらに充実させていく必要がありますが,社内の関連部署とも連携しながら,より実践的で有意義な実習にしていきたいと考えています。当社のチーズ製造工場では,若手を中心に,定期的なチーズの手づくり試作活動も行われています。昨年は,カマンベールの旧製法を一緒に実施する機会があり,その際には製造のコツを伝えることができました。その結果,以前より良いチーズがつくれるようになったという報告も受けており,旧製法でのカマンベール製造経験者が社内にほとんどいない今,非常に貴重な経験だったと思います。
現在,工場の製造ラインは自動化が進み,高度化しています。しかし一方で,自動化ラインしか知らない世代になっており,「なぜそのような工程や仕組みになっているのか」「本来手づくりであればどのようにすべきか」といった,ものづくりの根本的な理解が失われがちな時代となりました。こうした根本的な知識や技術を次の世代にどう伝えていくかは大きな課題ですが,今後も機会を見つけて積極的に伝えていきたいと考えています。

研修の講師を務める橋本さん

そして,知識や技術は,あくまでも「情報」に過ぎません。チーズづくりは,その情報を知っているだけでできるものではありません。仮にそうであれば,チーズ関連の学者さんは皆おいしいチーズをつくれるはずですが,実際にはそうなっていません。知識は,実際の現場で当てはめてこそ価値となり,それこそが「知恵」だと考えています。また,技術は実践できる技能(スキル)があって初めて形になります。だからこそ,座学だけでなく実習を通じて,実際的なことをこれからも伝えていきたいと思っています。

教える側にも新たな気づき チーズ技術研修

■チーズづくりの技術を伝える研修

最近では,私のこれまでの経験をより広く役立てていだける機会を得て,とてもやりがいを感じることができていますので少しご紹介したいと思います。
まず,一般財団法人酪農蔵王センターでの「ナチュラルチーズ製造技術研修会」 についてです。この研修は,国産チーズの競争力強化支援対策事業の一環として毎年数回開催されています。この研修会は,これからチーズ工房の立ち上げを目指す方や,製造経験の浅い技術者のレベルアップを目的に実施されています。これまで実習講師は,当社OBで“チーズの神様”と呼ばれた佐藤哲男さん,さらにその後は上田国男さんが長年担当されてきました(上田さんについては第3回であらためてご紹介する予定です)。そして2022年,上田さんより実習講師を引き継いでほしいというお話をいただきました。まだ当社社員という立場でしたが,会社としても酪農・乳業への貢献という観点から,その役目をお引き受けすることとなりました。
研修講師として教えていると,これまで何となく理解していたことについても,改めて根拠や裏付けを調べ直すことで,自分自身の学び直しの良い機会になっています。他人に教えようとすると,自分が理解しきれていない部分や曖昧な点がはっきりと浮き彫りになります。また,説明資料(スライドなど)の作成を通じて情報を整理できるため,結果的に教える力も向上していると感じます。
また,多くの質問を受けますが,すべてに即答できるわけではありません。そのため新たに調べ直すことも多く,自分が知らないことがまだまだたくさんあること,そしてチーズづくりの奥深さに改めて気づかされます。時には研修生から得られる情報によって新たな知見を得ることもあります。たとえば,自分が経験したことのない種類のチーズの製造や,知っているチーズでも未経験のトラブルや製造上の工夫について学ぶ機会にもなり,教える側と学ぶ側が互いに成長できる好循環が生まれていると感じます。
蔵王酪農センターの研修では,比較的経験の浅い方が多く参加されています。そのため,こちらとしては当たり前と思っていたことが全く知られていなかったり,誤解されていたりすることもあり,どのような知識や技術を伝える必要があるのか,改めて考えさせられることが多いです。また,小規模工房特有の課題や問題もあり,その解決方法を一緒に探ることで私自身の指導の幅も広がっています。
次に,東京農業大学での講義についてご紹介します。新型コロナ禍における遠隔授業の取り組みをきっかけに,講義を依頼されました。現場で活躍する卒業生によって「基礎の大切さ」や「実学への応用」を伝えることを目的に,栄養学や応用微生物学とチーズ,そしてチーズづくりの関わりについて講義を行ってきました。
私自身,学生時代に学んだ栄養学や応用微生物学が,工場での製造や研究開発の現場で大いに役立ってきました。この講義を通じて,あらためて基礎的な知識がどのように実際の現場で結びついているのか,見つめ直す良い機会にもなりました。学生の皆さんにも,今学んでいることの重要性,乳という食品の素晴らしさ,チーズづくりの面白さに気づいていただき,自分もチーズづくりをしてみたいと思うきっかけになればと思っています。
また,学生の皆さんからは,時にこちらが想像もしなかった視点から質問を受けることもあり,私自身も新たな気づきを得られるなど,大変刺激になっています。

蔵王酪農センターでの研修の様子

■研修を通じて感じるやりがい

もっと知りたい,話を聞きたいと熱心に質問してくださる姿に,教える立場としてとても嬉しさを感じます。また,それまで抱いていた疑問――「なぜこうするのか」「どうしてこうなるのか」「どうすればよいのか」といった理由や仕組み,ちょっとしたコツなどを理解し,「なるほど!」と納得していただけたときには,少しでもお役に立てた実感が得られ,大きなやりがいを感じます。最初はぎこちなかった作業の手つきが,だんだんと慣れて,自分自身で考えながらチーズをつくれるように成長していく姿を見ると,本当に嬉しく思います。
さらに,私がお伝えしたことがきっかけで,それまで抱えていた課題が解決したり,「良いチーズがつくれるようになった」「安定してつくれるようになった」といった声をいただいたりすると,心から嬉しい気持ちになります。チーズコンテストでの受賞の助けになったと報告を受けたときには,自分のことのように喜びを感じました。

チーズづくりを通した酪農・地域社会への貢献を目指して

研修などを通じて,より良いチーズを安定してつくれるようサポートすることで,おいしいチーズを世の中へ届けるお手伝いができればと考えています。日本各地でチーズ工房が増え,それぞれの工房が技術や技能を高め,個性豊かで魅力的なチーズづくりに取り組めるような支援ができれば嬉しく思います。
最近では,六次産業化を目指す酪農家の方が増え,地域に根差した独自のチーズづくりに挑戦するケースが増えています。また,従来とは異なる動きとして,レストランやホテルなどの外食産業の方々が,自ら提供する料理に使うチーズを自家製で作ることも増えています。このように,さまざまな立場の方々がより良いチーズをつくれるよう支援することで,日本のチーズづくりの裾野が広がり,チーズがより一層食文化として浸透していくことを願っています。
酪農は,人間が消化できない草や牧草を,乳という栄養価の高い食品へと変換する営みです。さらに,牛は命ある資源として,継続的に乳を生産することができるため,動物の命を奪わずに食物を得られる,まさに自然と人をつなぐサステナブルな農業でもあります。聖書には「乳と蜜の流れる地」という興味深い表現があって,肥沃で理想的な土地を表しているようです。このことからも,古代より乳が人々にとって特別な価値を持つ貴重なものであったことがうかがえます。
チーズは,その貴重な乳という資源の保存性を高め,さらにおいしく食べられるよう価値を高めるものです。チーズづくりを通じて,このような乳やチーズの魅力を広めることによって,日本の酪農,乳業,地域社会の発展に少しでも貢献していきたいと考えています。

第三回へ続く

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