チーズとともに歩んできた人たちへインタビュー
橋本 年永さん 第三回
50年超熟成のエダムチーズに思うこと
失敗や工夫を重ね,チーズづくり一筋に情熱を注いできた雪印メグミルクの橋本年永さん。
これまで38年にわたる歩みや“モノづくり”への想い,次世代へと技術や知識を受け継ぐ活動をご紹介してきました。最終回の第三回では,雪印メグミルクのチーズづくりの歴史や,これからチーズ製造を担う「チーズ屋」に向けたメッセージをお届けします。
橋本 年永さん 雪印メグミルク㈱ミルクサイエンス研究所 札幌研究所
Profile:1987年に東京農業大学農学部を卒業し,雪印乳業株式会社(当時)に入社。以来,プロセスチーズ製造,ナチュラルチーズの製造や研究開発に従事。
現在はミルクサイエンス研究所 札幌研究所にて,シニア社員としてナチュラルチーズ研究開発の傍らチーズ製造の技術や知識を次世代に継承する取り組みも行っている。
50年超熟成の特別なエダムチーズ
チーズ研究所時代にチーズづくりについて教えていただいた先輩,上田国男さんから,2022年に一般財団法人蔵王酪農センターの「ナチュラルチーズ製造技術研修会」の実習講師を引き継いで欲しいというお話をいただきました。上田さんは,北海道の美幌工場(1972年閉鎖)でエダムチーズの製造に携わり,チーズ研究所の建設委員として立ち上げに尽力され,「さけるチーズ」(ストリングチーズ)の初期の開発に携わった生みの親でもあります。そして退職後には,小淵沢町で「遊泳舎」というチーズ工房を立ち上げたとお聞きし,工房を訪問の際に50年超熟成のエダムチーズを味わう貴重な機会に恵まれました。今回は,その特別なエダムチーズを前に感じたことを記してみたいと思います。
(現 雪印メグミルク株式会社)
美幌工場(閉鎖)1971年6月12日製造
雪印メグミルク チーズの歴史
■始まりは1928年(昭和3年)札幌から
当社のチーズの歴史は,1928年(昭和3年)7月に中央工場(札幌,当社前身の北海道製酪販売組合)でのブリックチーズやチェダーチーズの試作に始まったと「雪印乳業チーズ技術史」に記録されています。1933年(昭和8年)に当時の東洋において初めての大型チーズ専門工場として遠浅工場(北海道)が建設され,ゴーダチーズとエダムチーズの製造を開始しました。ゴーダチーズとエダムチーズを手がけることにした理由について,「原料乳質の面からは,チェダーチーズの方が製造条件の選択に余裕があってつくりやすいが,製品の味という面から,ゴーダチーズの方がマイルドで日本人の嗜好に向くと思った。どちらかというと,チーズ馴れしない人には,酸味を抑えたゴーダチーズ,さらに脂肪を抑えたエダムチーズの方から入っていくべきではないかと考え,ゴーダチーズとエダムチーズを最初につくった」と記録されています。以降,北海道各地に工場が建設され,累計26工場で様々なチーズがつくられるようになりました。
■半世紀を超えたエダムチーズ ~分析結果とその味わい~
エダムチーズは,遠浅,幌呂,歯舞,美幌,伊達の5工場で製造されていましたが,今回の50年超熟成のエダムチーズは1971年6月12日に美幌工場で製造されたものです。上田さんによれば,このチーズは美幌工場閉鎖の際,従業員に記念として贈られたものだそうです。
これと同じ製造日のチーズが,20年超熟成の時点でも品質評価と分析が行われました。そのときの上田さんの記録には「外観の赤いワックスに割れはなく,しっかりとコーティングされ,内部はキツネ色であった。小さめのホールがあり,その内には光沢のある薄めの粘液があった。これが古い文献にある“チーズの涙”である。ほとんどめぐり合わせのできない“チーズの涙”だが,指先にとって舐めてみると,甘くも,辛くも,刺激もない無味なものであった。ワックスを剥がすと明らかに十分に熟成したチーズの香りとカビ臭があった。食べてみると,適熟期の旨い味は失していたが,苦味とか,脂肪分解の不快なものはなかった。テクスチャーは口内の温かさで溶けるぐらい,たんぱく質は完全に分解したものであった。」との記述があります。20年超熟成ですらほとんど出会うことはありません。まして50年超となれば極めて稀な存在です。51年熟成時の上田さんの記録には,「痛々しいほどに赤いワックスは割れ,剥がれ,むき出しになったチーズは乾燥して崩れている。」と記録されています。私は期待と不安を抱きつつ,匂いをかぎ,口に含んでみました。率直な感想は「おいしいとは言い難いが,“食べられる”」でした。
コーティングされていたワックスははがれ,水分がだいぶ抜けている状態であることがわかります
脂肪分解臭が強く,味も濃く,カビ臭が残り,古びた風味があとを引きました。元来チーズに期待されていた保存食としての役割だけは果たしているかもしれません。分析結果でまず驚いたのは水分が6%程度まで低下していたことです。熱風乾燥の粉チーズでさえ水分は5%程度ですから,自然乾燥で丸玉チーズがここまで乾燥することに驚きました。薬の錠剤のように硬く,チーズとしておいしい食感とは言えません。分析結果からもタンパク質分解や脂肪分解がさらに進んでいて,味や臭いの強さが裏付けられます。

なお,別の機会に8年熟成のエダムを試食したこともあります。そのチーズを試作した方は「最初はあまり出来が良くなかったが,時間が解決してくれた」と語っていました。確かに,旨味の強いおいしいエダムでした。そのときには,チーズは熟成するほどおいしくなるのかと感動しました。しかし,今回の50年超熟成のエダムは,必ずしも古ければ良いというものではなく,限度を超えれば「枯れて」いくということを教えてくれました。
■伝統製法の減少と技術継承の課題
当社チーズのベース技術はゴーダチーズおよびエダムチーズにあります。残念ながらエダムチーズの製造はすでに50年以上前に終了し,リンデッドゴーダ(表皮を形成させる伝統的熟成形態)の製造を唯一継承してきた大樹工場も2024年をもって製造を終了しました。プロセスチーズ原料用のリンドレスゴーダ(表皮を形成しない真空包装品)は なかしべつ工場で製造を続けていますが,本格的なリンデッドゴーダはチーズ研究所でわずかにつくられているだけとなってしまいました。時代の流れとはいえ,寂しさを感じます。チーズの製造技術の伝承は決して簡単ではありません。日々製造を続けることでしか見えないものがあり,時々試作するだけでは十分に習得できないものがあります。また,装置化・自動化が進むことで,技能習得の機会も減っています。今後は技術継承がさらに難しい課題となることに不安があります。
“こだわり”のマインド――モノづくりへの想いを託す

雪印乳業(1988年)
さて,1988年に当社が発行した冊子の表紙(写真)をご覧ください。カットしたリンデッドゴーダの断面です。ゴーダチーズは,乳酸菌の働きで生じる二酸化炭素ガスによって形成される小さな穴(「アイ(Eye)」)が点在しているものが最良とされます。これは,チーズが緻密で柔軟な食感を持ち,適切な乳酸菌バランスで,熟成管理がきちんと行われた証であり,芳香成分が十分に生成したおいしいゴーダチーズの目安となります。
もちろん,ゴーダチーズにEyeが全くない場合でも,それが不良品というわけではなく,そのようにつくる場合もあります。しかし,かつての雪印の「チーズ屋」たちは,これこそ理想だと考え,追求し続けてきました。
写真のチーズの断面から,そのこだわりが伝わってきます。現在ではリンデッドゴーダの生産もなくなり,あのこだわりさえも持つことができなくなったことに,寂しさや残念さを感じずにはいられません。
これはチーズづくりに対する思いのほんの一例にすぎません。
「より良いモノづくり」を追求するメーカーであるなら,社内の全ての皆さんにもこうした“こだわり”のマインドを持ち続けてほしいと思います。とりわけ,製造に携わる「チーズ屋」の皆さんには,先人のこだわりを受け継ぎながら,自分たちが目指す最高の製品とは何か,理想を求め続けてほしい――心からそう願っています。
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