チーズとともに歩んできた人たちへインタビュー
橋本 年永さん 第一回 入社以来,チーズの製造・研究に携わった38年
失敗や工夫を重ねチーズ作りに情熱を注いできた雪印メグミルクの社員・橋本年永さん。
その38年のあゆみと“モノづくり”への想いをお聞きしました。
橋本 年永さん 雪印メグミルク㈱ミルクサイエンス研究所 札幌研究所
Profile:1987年に東京農業大学農学部を卒業し,雪印乳業株式会社(当時)に入社。以来,プロセスチーズ製造,ナチュラルチーズの製造や研究開発に従事。
現在はミルクサイエンス研究所 札幌研究所にて,シニア社員としてナチュラルチーズ研究開発の傍らチーズ製造の技術や知識を次世代に継承する取り組みも行っている。
チーズ製造から研究開発へ ~38年のあゆみ~
■チーズづくりのはじまり
私のチーズづくりのキャリアは,1987年の大樹工場での実習からはじまりました。特にカマンベールの製造に携わった経験は非常に鮮烈で,3か月間の実習期間中に訓練を重ね,「カードメイキング」という工程まで任されました。カードメイキングは,乳を固めてチーズのもととなる“カード”をつくる工程で,チーズの品質を決定づける重要な工程です。ベテラン技術者でも,日ごとに違いが生じるほど難しい工程でもあります。実際に,毎日製造を続けていくと,同じ手順でつくっていても,微妙に硬くなったり軟らかくなったりという難しさに直面しました。
「なぜ違うのか」「もっと良くできないか」と毎日頭をひねり,チーズづくりの奥の深さ,モノづくりの面白さに心を動かされていきました。
当時の大樹工場のカマンベールは,フランスの伝統的な製法とは異なる会社独自の製法でなめらかな舌触りに仕上げるのが特徴で,日本人に合ったカマンベールとして国内では非常に高い評価を得ていました。そのような製品を自分の手でつくって世の中に出ていくという喜びと同時に責任を感じたことを思い出します。
■チーズ屋として
最初の配属先であった関西チーズ工場では3年間プロセスチーズ製造を担当し,1991年に中標津工場(現,なかしべつ工場)へ異動してゴーダチーズ製造に携わることで,本格的にナチュラルチーズのチーズ屋(チーズの製造マン)として歩み始めました。ここではチーズの異常発酵の製造トラブルに直面し,転勤早々にその対策を担当させられました。
ゴーダチーズでは,原料乳由来の酪酸菌の働きによって,チーズの熟成中に異常なガス発酵が生じて風味を著しく損ねるというトラブルが起きることがあります。この酪酸菌は耐熱性があり,チーズ製造で利用可能な殺菌処理では完全には殺せないため,とてもやっかいな問題でした。経験が浅かった私にはかなりの重荷でしたが,研究所との連携や現場での試行錯誤を経て,この難題を克服することによって,技術者としての自信と成長を感じる機会となりました。
さらに1992年にはオーストラリア・ピアム社(現,雪印オーストラリア・チーズ部)で6か月の研修を受け,フランスの伝統的なカマンベール製法を体験しました。当時,オーストラリアの白かび系チーズが伝統的な製法からスタビライズ製法*という新しい技術への転換期であったこともあり,新製法の試作や従来品との違いを現地で体得できたことは,後の開発人生の糧になりました。
- *スタビライズ製法:カマンベールなどの白カビチーズにおいて,従来とは異なる乳酸菌を用いることによって,チーズの中身が流れ出てしまわないようにし,穏やかな風味に仕上げる製法のこと。

■製造から研究開発へ
1993年にチーズ研究所に異動してからは,製造から研究開発に軸足を移すことになりました。カマンベールを始め,ゴーダ,ブルー,チェダーなど幅広いチーズの製造や開発に関わりました。
特に,イタリア系チーズはいろいろな種類のチーズ開発に携わりました。残念ながら大きな成果は出せませんでしたが,すべての経験が技術的な引き出しを増やし,次なるチーズの開発に活かされていったと思います。
チーズ研究所時代でのハイライトのひとつが,ピザ用(ハードタイプ)のモッツァレラ開発です。他社に追いつくための技術開発(キャッチアップ)の仕事ではありましたが,大型の得意先獲得となる重要な開発プロジェクトでした。
それまでに未経験の製法を導入して基本製法を確立できたものの,成分としてはほぼ同じなのにチーズの焼き色(オーブンでの焦げ方)が明らかに違うという現象に悩まされました。
何度も試作・実験を繰り返した末に測定法や製造条件の微妙な要素が決定的な違いとなることを解明しました。設備投資の壁で最終的に商品化は断念したものの,この基本製法が後に大型商品の製法につながる基盤となり,私にとっては形を変えた達成感につながりました。
■こだわりのチーズづくり
2000年に札幌研究所に転勤後は,チーズの研究開発の推進はもちろんのこと,チーズの試験・実験設備が整っていなかったため,チーズの試作環境の充実を図ってきました。単なる設備導入だけではなく,自ら道具の考案や自作,設備の工夫を重ねてきました。小規模な実験室レベル(以下,ラボスケール)での試作・実験方法の考案,工場ラインを実験室レベルの小さな装置で再現する(以下,スケールダウン)評価方法の考案も行って,精度の高いラボスケールでの検討ができるようにしてきました。
札幌研究所では,はじめにカマンベールの熟成条件の検討に取り組みました。“より美味しいカマンベール”を目指して,熟成条件を変更することによる風味と食感の改良,熟成期間の短縮などに成功しました。その際にも,自ら工夫した実験系を活かして,実用化につなげられたことは,大きな自信となりました。
2000年の「雪印乳業食中毒事件」後には,カマンベールの販売不振を受けて商品開発が急がれました。付加価値を高めた新商品の検討を行いましたが,技術的な課題だけでなく販売上の問題もあり開発中断という残念な結果になりました。
「現行品との差別化」「本当に目指すべき商品価値とは何か」と真剣に悩み続けました。そうしたなかでたどり着いたのが,従来品と違うマイルドな風味を持つ「雪印北海道カマンベール 匠仕込」の開発です。これまでの製造技術で見られた欠点を克服すべく,温めていたアイデアをもとにプロトタイプの試作から始めました。そして,新たな乳酸菌株の選定,工程の変更,スケールダウン実験を重ねていきました。
特に,ラボスケールと実際の工場の生産ライン(以下,オンライン)での違いが大きく,苦心しました。その過程で乳酸菌の性質や工程ごとの最適化,スケールダウン実験系構築,ラインへの落とし込みの技術をひとつひとつ積み上げていきました。製品化までには,乳酸菌による発酵の進み具合を調節したり,新製法ゆえに製造装置がうまく動かなかったりといった壁も多々あったものの,最終的に自分の思い描いた“理想のカマンベール”が形となったときの喜びは格別でした。
その後も,様々なチーズで新たな技術にチャレンジしました。なかでも,ハード系チーズの検討は熟成期間が長いため,結果を評価しながら検討を進める面での難しさもあり,思うようには結果に結び付けられないということを幾度も経験しました。そして,定年前の最後の何年間かは,新素材を利用したカマンベールの検討やカマンベール熟成の新設備の導入などに携わることができ,当社カマンベールを工程面,品質面でブラッシュアップしていくことに貢献できたと思います。こうしてみると,自分の雪印メグミルクでのチーズづくりはカマンベールではじまり,カマンベールで一区切りとなったと思うと,感慨深いものがあります。
(現在は販売を終了しています)
失敗は成功のもと ~悔しさや辛さを乗り越えて~
前述の「雪印北海道カマンベール 匠仕込」で実際の生産ラインを使った初回オンライン試作では,乳がうまく凝固せず装置を止めるしかないという大きなトラブルが発生し,翌日のチーズが型から出せず,こそぎ取って処分する事態となりました。現場や関係者から厳しい目で見られ,悔しさや辛さを味わいました。
こうした失敗が,その後,製造ラインでの乳酸菌の挙動に影響を与える原因の究明や,実験室でスケールダウンして検討する新たな方法(ラボ試作)の確立のきっかけになりました。それでも,ラボ試作の結果とオンライン試作は簡単には一致しませんでした。連続系の生産ラインでは後戻りできない一発勝負的なところがあり,大量の乳を無駄にできないという大きなプレッシャーを感じながら何度もオンライン試作を重ねました。
こうして,試作品の段階では思いもよらない多くの課題を乗り越えて,最終的に商品化を実現できたことに大きな達成感と感慨を覚えました。
“モノづくり”の魅力って?
思った通りにいかない場面で工夫を重ね,その結果うまくできたときに大きなやりがいや満足を感じます。創意工夫のプロセス自体が好きで,試行錯誤しながらより良い方法を考えることや,試作を重ねる中で自分のスキルが上達していく過程にも手応えや楽しさを感じています。
そして,最終的に自分が思い描いた通りのものが形になったときの喜びは,何にも代えがたいものだと感じています。
“モノづくり”に対する情熱の源泉とは
「いいものを作りたい」「より良くしたい」という強いこだわりを原動力に,決して妥協せずモノづくりに向き合ってきました。その背景には,子どもの頃から身についていた「ないものは自分で作る」という“貧乏性”とも言えるマインドがあります。
中学生の頃,電子工作が趣味で,使うケースも既製品ではなく自分の思う形に作りたかったので,アクリル板でケースを自作しようと考えました。お小遣いの節約のために,加工に必要なアクリルカッターそのものを自作しました。カッターの刃を割りばしに固定して簡易的なカッターを作り,さらにそのカッターで切ったアクリル板で改良版を作る,という工夫を重ねていきました。そのカッターは,大人になっても愛用し続けられるほど満足度の高いものでした。
このような経験と精神が,チーズの研究開発の現場でも活きています。例えば,カードナイフ(固まった乳を小さくカットする道具)は既製品はなく,オーダーメイドすると高価なうえに,チーズの種類やバットのサイズによって多様なものが必要になります。その都度注文するのは時間もお金もかかります。そこで自らステンレス丸棒を溶接し,ワイヤーを巻きつけて簡易的なカードナイフを自作するようにしました。

また,乳を固めるレンネットという酵素の活性を測定するために,乳の固まり具合を観察する凝固測定装置は市販されていないため,部品を買い集めてケース加工まですべて自作しました。
このように「ないものは作る」「工夫してなんとかする」という気持ちが,日々新しい道具やノウハウを生み出す原動力になっています。
このように「ないものは作る」「工夫してなんとかする」という気持ちが,日々新しい道具やノウハウを生み出す原動力になっています。
第ニ回へ続く
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