日本における明治以降のチーズの発展(後編)

チーズ工房の活躍

いろいろなタイプのナチュラルチーズ

プロセスチーズ(PC)を中心としたチーズの消費が増え始めた1975年、フランスの国立乳製品専門学校にてチーズ作りを修得した西村公祐が北海道岩内郡小沢村に日本で最初の手作りチーズ工房(北海道クレール)を立ち上げ、国産ナチュラルチーズ(NC)としてエアシャー種の牛乳から「カレ」(四角形のカマンベールチーズ)を製造し始めました(7)。さらに、1977年にはデンマークで修行した近藤恭敬が北海道檜山管内瀬棚町にてハード系チーズの製造を開始し、ウィスコンシン州立大学に留学していた宮嶋望は1978年に北海道新得町に“共働学舎新得農場”を立ち上げチーズ製造を開始しました(現在は、ブラウンスイス種の牛乳にこだわってラクレットなど製造。)(7)。翌年には北海道空知管内芦別市にて横市秀夫がソフト系チーズの製造を開始しました(8)。宮嶋は多くの研修生を受け入れ、巣立った研修生たちは全国各地にチーズ工房を開設しオリジナリティのあるチーズ作りに取り組みました。

チェスコ「イズニーカマンベールピロ」

独学でチーズ製造を学んだ吉田全作が岡山県吉備高原に立ち上げた吉田牧場にてカマンベールを製造し始めたのは1988年でした(17)。フランスのカマンベール村を訪れカマンベール製造を見学し、吉田牧場のテロワールに合ったチーズ作りを工夫し、カマンベールに続いてラクレットも製造しました。
イタリア大使館のサルバトーレ・ピンナの指導を得たモッツァレラは好評で、今では入手が難しいほどです(7)。

このようにチーズ工房が続々と誕生し、2018年時点で319工房(18)となっています。
後述するように、これらの工房で製造される国産チーズの中には国際コンクールで入賞するものも多数あり、今や海外チーズと肩を並べるほどになっています。

政府の支援策

ナチュラルチーズ(NC)の輸入関税は35%に設定されていましたが、国産プロセス原料(プロ原)の価格より輸入NCの価格が低くなると国産プロ原の生産が不利になることから、政府は1966年からチーズ向けの生乳に補給金を支給しました。さらに、1970年にはPC製造に用いる国産プロ原使用量の2倍量までは輸入NCの関税を10%に設定し(関割制度)、1972年には関割制度の税率を無税にしました(19)。PCを生産しているメーカーのうち、国産NCを原料用に製造しているメーカーは関税割当制度(関割制度)の恩恵を受けることができました。

1979年には農林水産省(以下、農水省)が「国産ナチュラルチーズ振興の基本的な考え方」を示しました(19)が、日本乳製品協会の賛同を得られませんでした。そこで生産者側は独自で北海道にNC工場を建設することにし、1980年に北海道協同乳業(よつ葉乳業の前身)がソフトチーズ工場の操業を開始し、1982年には北海道協同乳業はチェダーチーズ工場を完成し出荷を始めました(21)。

酪農安定特別対策の一環としてチーズ基金を設定したのは1987年でした。チーズ乳価に補給金を上乗せして生産者に支払うことでチーズ向け乳量の拡大を図りました(19)。さらに、農水省は1989年に「国産ナチュラルチーズ製造マニュアル」の作成を蔵王酪農センターに委託し、チーズ製造技術の普及に務めました(19)。また、農水省は国産NCの振興を目的に海外を含む技術研修会に力を注ぎ、1990年よりフランス、イタリア、スイス、オランダ、ドイツなどの国々に研修生を派遣しました(22)。現在は“国産乳製品等競争力強化対策事業”にて新規にチーズ工房を立ち上げる団体や設備を増能し生産量拡大を目指す団体に補助金を交付しています。

酪農・乳業関連団体によるチーズ振興支援

チーズの振興を支援した団体として、中央酪農会議(中酪)とNPO法人チーズプロフェッショナル協会(C.P.A.)を挙げることができます。

中酪は、1962年に農水省事務次官通達に基づき酪農関係の全国機関によって設立されました(23)。1998年、中酪は第1回オールジャパン・ナチュラルチーズコンテストを開催し、31工房から79品の出品があり(24)、共働学舎のラクレットが最優秀賞を得ました(7)。その後、隔年毎にコンテストを開催し、優秀なナチュラルチーズを表彰することでナチュラルチーズの育成や技術向上に貢献してきました。

共働学舎新得農場「さくら」

一方、C.P.A.は販売やサービスに携わる方々にチーズに関する正しい知識や技術を身につけさせることを目的で2000年に設立されました(25)。当初はヨーロッパのチーズに関する啓発を中心にセミナー、チーズプロフェッショナルの認定試験(チーズに関する正しい知識や販売・サービス技術を身につけたことを認定する資格試験)、イベントなどを実施し、チーズプロフェッショナルの育成とヨーロッパチーズの認知拡大に務めました。近年はこれらに加えて国産チーズの紹介や国内外のチーズコンクールにも積極的に参画し、国産チーズの育成を支援しています。2009年からC.P.A.は隔年で「日本銘チーズ百選」を開催し、初回は41団体 110品が出品されました(26)。
また、2014年からC.P.A.が第1回“ジャパン・チーズ・アワード”を開催し(27)、以後中酪主催のオールジャパン・チーズコンテストと交互に開催しています。第1回はアトリエ・ド・フロマージュのブルーチーズがグランプリを受賞しています。

国内のコンクールで優秀な成績を収めた工房は海外コンクールにも出品し、海外でも優れた成績を収めるまでに成長しました。共働学舎新得農場は2004年にスイスで行われた“第3回山のチーズオリンピック”に「さくら」を出品し、金賞を受賞しました(28)。「さくら」は表皮が酵母に覆われたソフトタイプチーズに桜花をのせた和菓子の桜餅をイメージさせるチーズです(写真)。

2013年にはモンディアル・デュ・フロマージュ インターナショナル チーズコンテストに日本から6団体 18品が出品し、三良坂フロマージュの「フロマージュ・ド・みらさか」(白カビタイプ)が入賞しました(29)。その後もC.P.A.は海外コンクールへの出品を支援し、2015年にも11団体 28品が出品し、アトリエ・ド・フロマージュの「ブルーチーズ」と高秀牧場の「草原の青空」(ともに青カビタイプ)がスーパーゴールドを受賞しました。共に塩分をやや抑え、青カビの生え方が美しく、日本でこのようなブルーチーズが作れることにヨーロッパの人々は一様に驚きました。2017年に開催された本コンクールには日本から14工房 48品が出品し、ダイワファームの「リコッタ」、チーズ工房タカラの「春のおめざめタイム」、アトリエ・ド・フロマージュの「ココン」が金賞を受賞しました。本年(2020年10月17日)にはC.P.A.のジャパン・チーズ・アワードが行われ、コロナ禍の影響にも関わらず78工房から233品が出品され、北海道の しあわせチーズ工房の「幸」(加熱圧搾 熟成6カ月以上)がグランプリを得ました。

このように明治初期には四苦八苦しながらチーズ製造を学び始め、酪農科学の進展に伴い徐々に製造技術が進歩し、NCのみならずPCも作られるようになりました。太平洋戦争によりチーズ製造も激減してしまいましたが、戦後チーズ製造が再開され、学校給食にもPCが提供されるようになりました。政府の振興策を受けながら、関割制度の恩恵を受けてPCの消費が増え、さらに手作りの工房製チーズが理想のチーズ作りを目指して創意工夫をしてきました。中酪やC.P.A.の側面支援を受けながら国産チーズ工房数が300団体を超え、国際コンクールでも優れた成績を得るまでになりました。

今後は海外からのチーズ輸入関税が自由化され、海外チーズとの品質および価格競争が避けられません。国内の生乳生産が伸び悩み、チーズ乳が不足する傾向にあり、さらには大学や企業におけるチーズ産業を支える酪農科学の研究開発が下火傾向にあることなど懸念材料を克服していくことが重要と考えます。

TEXT:Shunichi Dosako

引用文献

  1. 1.雪印乳業チーズ技術史、1985
  2. 2.加茂儀一、「日本畜産史」食肉・乳酪篇、法政大学出版局、1976
  3. 3.北海道農会報 11(no123), p121, 1911
  4. 4.明治乳業50年史、1969
  5. 5.開道五十年記念北海道博覧会事務報告書、1920
  6. 6.開道五十年記念北海道博覧会審査報告書、1918
  7. 7.和仁皓明、「牧野のフロントランナー」、デーリーマン社、2017
  8. 8.森永乳業100年史、2018
  9. 9.雪印乳業史 第1巻、1960
  10. 10.小岩井農場100年史、1998
  11. 11.野澤組100年史、1981
  12. 12.池田貫道、「牛乳及製品論」、成美堂、1910
  13. 13.Eino et al, J. Dairy Res. 43: 113-115, 1976
  14. 14.高屋鋭、「乳製品製造法」、長隆舎、1919
  15. 15.藤原真一郎、酪乳史研究 no13: 5-7, 2016
  16. 16.協同乳業50年史、2003
  17. 17.吉田全作、「吉田牧場」、ワニブックス新書、2010
  18. 18.畜産の情報, 2019
  19. 19.石原哲雄、酪乳史研究 no10:12-21, 2015
  20. 20.明治グループ100年史、2017
  21. 21.よつ葉乳業30年史、1997
  22. 22.内橋正敏、酪乳史研究、no10: 22-25, 2015
  23. 23.中央酪農会議50年の足跡、2013
  24. 24.栢英彦、「日本におけるチーズ製造の歴史的発展」、J-milk HP、2012
  25. 25.C.P.A.通信、Vol 1, 2000
  26. 26.C.P.A.通信 Vol 44 2009
  27. 27.C.P.A. 通信 Vol 77 2014
  28. 28.共働学舎新得農場からの私信、2020
  29. 29.C.P.A.通信 Vol 69 2013
  30. 30.C.P.A.通信 Vol 81 2015

堂迫俊一さん 農学博士(元・雪印乳業(株)技術研究所 所長、現・(NPO法人)チーズプロフェッショナル協会 顧問)

Profile:1974年雪印乳業株式会社入社。以来、大阪工場、技術研究所、研究企画部、栄養科学研究所、育児品開発部などを経て、2002年技術研究所所長に。2007年定年退職後、雪印メグミルク(株)ミルクサイエンス研究所主事としとして勤務。その後は(NPO法人) チーズプロフェッショナル協会顧問、(一社)Jミルク 酪農乳業史料収集活用事業推進委員を務めた。
著書:「チーズを科学する」(共著)チーズプロフェッショナル協会発行 幸書房 2016年11月11日発売。「新版 牛乳・乳製品の知識」 幸書房 2017年10月25日発売。

関連マガジン

他のチーズマガジンを読む

チーズQ&A

チーズQ&Aを見る

この記事をみんなに教える