「チーズと、生きる。」第二回

~チーズのために働き、ともに生きる人たちへのインタビュー~

第二回 村山重信さん(NPO法人 チーズプロフェッショナル協会 名誉会長)

Profile:1971年、チェスコ株式会社時代にチーズの修行を積み、現在は同社特別顧問を務める。NPO法人チーズプロフェッショナル協会名誉会長であり、チーズオフィス・ムー代表。1989年、フランスチーズ鑑評騎士の会パリ本部より、日本で初めてチーズ熟成士最高位の称号を与えられる。「フランス食品振興会フロマージュレディトレーナー」「アメリカンチーズポロモーションアドバイザー」など、さまざまなチーズ関連の資格を有し、「チーズおじさん」として親しまれる。

ヨーロッパで出会ったチーズの逸話

その地にチーズが生まれ、愛され続ける理由がある

チェスコの在職3年目に研修で訪れたデンマークから、私のチーズ人生は始まりました。その後もヨーロッパの様々な国を巡り、どの国でもチーズが食文化の一部としてしっかり根付いていることに感銘を受け、その歴史を知れば知るほど、ますますチーズにのめり込んでいきました。
いわゆる“土地の名物”とされるチーズは、その地で誕生し長い間愛されて、現在まで生き残ってきただけの理由が必ずあるものです。たとえばスイスでは熟成タイプのハードチーズが主流ですが、これは雪深くて冬が長い気候と関係があります。夏の終わり頃、半年間熟成させてから食べるチーズをこしらえておけば、長い冬の間もチーズを切らすことはありません。越冬のための保存食としてチーズを用いる。この地でずっと暮らしてきた人々の、生活の知恵ですね。
またオランダ名物である、黄色いワックスで固められた大きな丸い「ゴーダチーズ」は、誰でも一度は見たことがあるのではないでしょうか。特徴的なあの硬さと上下が平らな形状は、船で輸出する際の利便性から生まれたものです。古くから海運大国だった、オランダならではのエピソードです。

ローマ帝国の進軍がチーズの歴史をつくった

その昔、チーズの歴史に大きな影響を与えた出来事といえば、ローマ帝国の進軍です。ローマ軍は食料の一部として山羊やヒツジを連れ歩き、ヨーロッパなどの行く先々で新鮮なミルクを搾っては、その土地ごとの個性あるチーズを生み出しました。
とくにフランスでは400種類を超えるチーズがあるとされ、中でも有名なのは「カマンベール」でしょう。このチーズが生まれたノルマンディー地方のカマンベール村は温暖で、一年中青い草が茂る。つまり牧草を食べる牛が、一年中お乳を出せるというわけです。
さらに、1850年代にノルマンディーとパリの間に鉄道が通り、1880年頃には輸送に便利な木箱も考案されました。木箱に入った「カマンベール」は列車で運んでも型崩れせず、フランス中に広まり、今では世界中で知られるチーズになったということです。

日本とヨーロッパの意外な共通点

学生時代、世界史は苦手で(笑)、興味もありませんでした。でもチーズという媒介を通じて学ぶヨーロッパの歴史は、とても面白いんですよ。歴史といえば、ヨーロッパのチーズには「サント・モール・ド・トゥーレーヌ」など、「St(サント)~」と名がつくものが多いのですが、これらはもともと修道院でつくられたチーズであるという証です。日本の寺社の僧侶が「漬物づくり」を得意とするように、ヨーロッパの修道士たちはチーズづくりの名人だったのですね。欧州と日本という遠く離れた国同士でも、宗教家たちが古くから発酵食品のつくり手であったという共通点があるという事実は、とても興味深いです。
チーズと漬物には、歴史以外にも似通った部分があるように思います。ヨーロッパの市場などで、あらゆる銘柄がずらりと並ぶ充実したチーズコーナーを見ると、日本のデパ地下の漬物専門店を思い出します。チーズも漬物も“熟成”という過程を経て、味わいを大きく変える食品です。日本では今はどちらも「浅漬け」が好まれるようですが、まさにそれは好みの問題であって、熟成したものも若いものもそれぞれの美味しさがあります。熟成すればするほど美味しいというわけでもなく、ご自身が好きだなと思うチーズを楽しんでほしいですね。

自由にチーズを楽しむのがヨーロッパ流

これまでにヨーロッパ各国で、チーズのいろいろな味わい方を経験してきました。日本では、ナチュラルチーズはまだまだ“ワインのお供”という位置づけですが、欧州ではむしろ料理の素材として家庭の食卓に上ります。
定番のレシピは、玉ねぎとベーコン、じゃがいも、キノコなどを炒めてチーズをからめる一品。玉ねぎのグルタミン酸、肉のイノシン酸、キノコのグアニル酸、そしてチーズのグルタミン酸という、まさに“旨み成分”の宝庫ですよ! 旨み成分同士が組み合わさると、相乗効果を発揮して、それぞれの持つ旨みの9~14倍になるというデータがあるそうで、料理にチーズを使うというのはそういう知恵もあるのでしょう。
また、ロンドンの「フォートナム・アンド・メイソン」のカフェでミルクティーを頼むと、お茶請けに付いてくるのが「チェダーチーズ」2切れ。紅茶とチーズなんて日本では見ない組み合わせですが、フルーツやジャムと一緒にいただくのも人気ですし、ヨーロッパではチーズをもっと自由に楽しんでいるようです。

(第三回に続く)

※この記事は、2017年2月に実施したインタビューをもとに執筆しています。登場する店名・固有名詞は村山重信さんのお話に基づいて掲載しております。

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