牧場通信

北海道 株式会社アグウェイ

牧場名 (株)アグウェイ(代表取締役 山本 隆)
所在地 北海道川上郡標茶町虹別
開設 昭和8年(入植は昭和4年)
規模 年間出荷乳量  1,680t
飼料畑規模 約140ha
牛の頭数 360頭(経産牛180頭、育成牛180頭)
牛舎 フリーストール方式(牛舎内での放し飼い)

(2019年10月)

標茶(しべちゃ)町は、釧路市から北東に約40km、釧路総合振興局管内のほぼ中央に位置する全国有数の酪農地域です。全国の町村で6番目に広く、東京都の約半分の面積になります。

山本隆(57歳)さんが酪農を営むのは、標茶町北部の虹別(にじべつ)地区。虹別地区には、約70戸の酪農家があり、山本さんの経営する(株)アグウェイの牧場はその中でも規模の大きな酪農家です。
虹別は西別岳の麓に広がる酪農地帯で、摩周湖と西別岳からの伏流水が水源といわれる西別川が流れ、雄大な自然に恵まれています。
また虹別から車で1時間も走れば、南には日本最大の湿原「釧路湿原国立公園」、西には「まりも」で有名な「阿寒国立公園」、北東には世界自然遺産「知床国立公園」があり、全国屈指の観光名所に囲まれています。
このような大自然の中で、山本さんはご夫妻と5名の従業員で安全で良質な生乳生産に取り組んでいらっしゃいます。

お話を伺った山本さんは、昨年まで日本酪農青年研究連盟(酪青研)の委員長を務められ、退任後は顧問に就任されました。
安全で良質な生乳を継続的に生産し、優秀かつ模範となる酪農経営が認められ、平成15年に日本酪農研究会の最高位である「黒澤賞」、平成19年に北海道乳質改善協議会の「乳質改善大賞」を受賞されています。平成23年1月には牧場を法人化し、新たな取組みにチャレンジし続けています。

軍馬育成から酪農へ

昭和4年、山本さんのおじい様が三重県から虹別に入植されました。
「はじめはおそらく畑作をやっていたが、冷涼で厳しい気候のため思うように行かず、戦時中の物資輸送をするための軍馬を飼育していたと聞いています。」と山本さん。
本格的に酪農をはじめたのは昭和8年から。乳牛3頭の導入から始まりました。
「入植当時、大凶作だったようで、乳牛導入8割補助等の救済策もあり、主畜農業に転換していきました。汽車で最寄駅まで運ばれた牛を、祖父が約25kmの道のりを一晩かけて歩いて引っ張り、家まで運びました。それまで牛に触ったこともなく、飼うのに悪戦苦闘したようです。こうして次第にこの地域に牛が増えていきました。」

その後、おじい様からお父様が酪農業を引き継ぎましたが、山本さんが12歳の時(昭和49年)、お父様が42歳で亡くなりました。残されたお母様は、大変な苦労を重ねながらも、近隣の酪農家さんの協力を得て40haの牧草地を耕し、30頭の乳牛を飼育し、女手ひとつで山本さんと弟さんを育て上げました。
多忙なお母様の姿を見て育った山本さんは、高校進学時には定時制を選びました。定時制の学校なら、夏の繁忙期は休みになり、冬に授業があるためです。
「大学に進学したい気持ちもありました。しかし、弟はまだ高校生で、大学に進学し、別の仕事に就きたいとの希望を持っていた。だから自分が母親の力にならなければと、その流れで牧場を継ぐことになりました。」

規模拡大へ

酪農を継ぐと決めた山本さんは、高校卒業後、就農。また酪青研活動にも参加し、仲間との交流を通じた情報交換、実践的酪農を学んでいきました。
就農当初、母親中心の経営を助ける一方で、将来の生活の不安やきつい労働に悩むこともありました。
「その頃、フリーストール牛舎が注目されていたこともあり、大型経営に興味を持ちました。母は、今までと変わらず30頭位の搾乳規模でこじんまりとやっていけばいいんじゃないかと言っていましたが・・・ここで少し揉めたかな・・・。」
これが25歳の頃です。

「実際のフリーストール牛舎を見るために、仲間と大型経営の本場アメリカに視察に行きました。」
それからは将来を見越し、徐々に段階を踏んで準備をされたそうです。まずはフリーストール牛舎を建設、そして平成15年、現在のミルキングパーラー(搾乳室)を建設しました。その後も飼養頭数の拡大に合わせて、牛舎の増設や分娩舎などの新設を行っています。

  • 牛舎

  • 近代的設備のミルキングパーラー
    一度に16頭搾乳ができます。

見える化

山本牧場が高品質な生乳を生産できる理由の一つとして、乳牛に摩周湖の伏流水を与えているということがありますが、その他にも高品質な生乳を生産できる理由をご夫婦に聞いてみました。

奥様の智津子さんは、「元々乳質は良いほうでした。教科書どおりというか、基本に忠実にやるというのも理由の一つかしら。でも搾乳には、従業員や酪農ヘルパーの協力が必要。従業員とは定期的にミーティングをして意思疎通を深めています。搾乳をする時には、見てすぐわかるようなマニュアルを作成・掲示しています。」
山本さんは、「『見える化』は搾乳以外でも行っているよ。例えば、牛一頭ずつに万歩計を付け、調子が悪い牛が居ないかコンピューター管理している。また、牛の足に青・赤・黄色のバンドを付け、搾乳の状況が誰でもひと目で分かるようにしている。」とのこと。

きもちいい!!

牛舎では、乳牛が健康でストレスが少なくなるよう様々な工夫もしています。
天井にはたくさんの扇風機が取り付けられて、涼しい風を送っています。また、巨大なブラシが用意されていて、牛たちが体のかゆいところをこすりつけるとブラシが自動回転して身体を清潔にしてくれます。
牛たちは、気持ち良さそうです。

2つの賞を受賞

新しいパーラーの建設後、山本さんは平成15年には日本酪農青年研究連盟(酪青研)主催の経営発表大会「第56回日本酪農研究会」で最高位「黒澤賞」を、平成19年には北海道乳質改善協議会より「北海道乳質改善大賞」を受賞。
これらは、日頃から安全で良質な生乳を継続的に生産し、経営的にも優秀かつ模範となる酪農家を対象に表彰される名誉ある賞です。
酪農をしていて良かったこと、忘れられないエピソードとして、これらの受賞もその一つかと思いますが・・・。
「そうだね、小規模から酪農を始めて・・・やっぱり母子家庭だったので負けずに頑張っていこうという気持ちはあったかもしれないなあ」
賞を取ったことは、ご家族全員大変喜ばれたことでしょう。
「1年、2年の結果ではなく、長年のやってきた成果が認められたことはとてもうれしい。これで娘も酪農をやってくれればなあ(笑)」

法人化へ

平成23年、これまでの個人経営から法人化へ移行しました。会社名は、「株式会社アグウェイ」。

牧場は、山本さんと奥様の智津子さん、5名の従業員で運営しています。
「娘二人のうち、一人はすでに嫁ぎ、もう一人は就職したので、跡継ぎは今後どうなるかわからない。
このような中、ある程度の牧場規模なので、将来的には牧場の売却を選択するよりも、やる気のある人材を育成し引き継いでもらうという選択肢もあるのではないか、と考えて法人化したのです。それが地域のためにもなるのではないかと思っています。」

「法人化したということは、従業員のことを考えたり、責任もありますので、個人経営の延長ではないという意識でいます。今後、様々なことに挑戦してプロセスを楽しみたいという気持ちで、今取り組んでいます。」

法人化してほどなく、山本さんは従業員が休憩したり、コミュニケーションをとるための休憩所を作りました。「仕事の合間に一息つくのはもちろん、ここ虹別の冬は厳しく吹雪で帰れないこともあります。そういう時は、宿泊もできます。また、従業員以外にも短期間の体験希望者もありますので、ここに泊まってもらっています。」と山本さんは言います。

現在、従業員のうち3名はベトナムから受け入れた技術実習生です。当初は生活習慣の違いや言葉の壁などを感じることもあったそうですが、いまではすっかり馴染んでいるとのこと。奥様の智津子さんは、日頃から積極的にコミュニケーションを取り、交換日記をするなどして、こまめに彼らの体調や気持ちを気づかってきたそうです。

交換日記を書く智津子さん。親しみやすいようにイラスト入りで、時には学んだベトナム語も交えています。

飼料畑

山本さんは、7年前から乳牛用飼料としてデントコーン(とうもろこし)の作付けに挑戦しています。道東地区は、気温が低く、夏でも20℃くらいの時もあります。そのため、とうもろこしの生育にはあまり適していませんが、現在は品種改良も進んでおり、雪印種苗(株)の協力のもと、デントコーンの作付面積は140haまで拡大しています。ほかにもアルファルファ等の牧草地が30haありますが、酪農経営にとって、牧草や飼料作物の品質や収量は生乳生産に影響を及ぼすため、とても大切です。

  • 地平線まで続くコーン畑

お孫さんに託す夢

いま山本さんには、小学校1年生と2年生になる2人のお孫さんがいらっしゃいます。2人とも、ときどき牛舎でお手伝いをすることもあるそうです。男の子ということで、もともとはトラクターなど酪農用の機械に興味を持つことからはじまったそうですが、いまでは牛のお世話や酪農という仕事そのものにも関心が広がっているようです。

  • 牛舎でお手伝いをするお孫さん

  • お孫さんは小さいころから酪農機械のおもちゃが
    大好きだったそうです。

「まだ小さいから先のことは分からないけど、やはり酪農に目を向けてくれるのはうれしい。」と目を細める山本さん夫婦。いまから酪農を肌で体験することは、お孫さんにとっても貴重な時間になっているようです。

編集後記

居心地の良い事務所で、おいしい珈琲やクッキーをご馳走になりながらご夫婦にお話を伺いました。清潔な牛舎や搾乳施設、作業マニュアル等を拝見させていただき、高品質な生乳を生産するために力を尽くされていることをひしひしと感じました。また経営者として将来を見据え、様々なことに取り組んでおられることが印象的でした。

山本さんの牧場で搾られた生乳の一部は、雪印メグミルク(株)磯分内(いそぶんない)工場に搬入され、バター(雪印北海道バター200g、雪印北海道バター10gに切れてる)や生クリームなどに生まれ変わり、全国の食卓に届けられています。

ご多忙の中、取材にご協力をいただき、ありがとうございました。

2019年10月

雪印メグミルク(株)磯分内工場

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