牧場通信

愛知 加藤牧場

牧場名 加藤牧場
所在地 愛知県 愛西市立田町
規模 年間出荷乳量  年間 920t
飼料畑
牛の頭数 経産牛 120頭
牛舎 フリーストール 酪農教育ファーム認証牧場

加藤牧場は、愛知県西部、三重県との県境で東に木曽川、西に長良川、の三角州に人工の堤防で囲った中洲「輪中(わじゅう)」で酪農を経営されています。

先祖代々から受け継いできた土地で、もうすぐ息子さんが帰ってこられて、3人での酪農経営を楽しみに待つ、とても仲の良い加藤ご夫妻にお話を伺いました。

希望に燃えて

1985年(昭和60年)の春、加藤康利青年は希望と不安を抱え、カナダ行きの飛行機のシートに体を沈めた。
愛知県立農業大学校(旧追進農業大学校)を卒業し、父の後を継いで酪農に就業しようと決めたそのときから、海外の先進的な酪農を体験したいと考えていた。
その夢が叶い、これから1年間、カナダのオンタリオ州の酪農家に長期ステイしながらの酪農実習が始まる。
両親、友達、兄弟、そして恋人の晴美さんの見送りの姿を思い出していた…。
欧米型の酪農の経営を肌で感じながら、何もかもが新鮮で魅力的だった。

ステイ先の酪農家では、家族同様に接してもらい、あっという間に1年間が過ぎていった。 帰国後、実習の成果を生かし、父の元で着実に酪農経営の経験を積み重ねていきます。

こうして、加藤牧場は2代目、康利さんへと引き継がれていきます。

輪中で生きる

ゆったりと流れる木曽川

お母さんと妹さん

加藤家は、さかのぼること400年、江戸時代初期からつながる旧家で、加藤康利さんは17代目。
愛知県の西の端、木曽川、長良川にはさまれた輪中(わじゅう)の中に、加藤牧場はあります。輪中は、海抜0m地帯です。
海から20Kmも離れていますが、川の水にも潮の満ち干きがあり、昭和30年代頃まで水害が多く、加藤さんが小学生の頃には、当時の牛舎が水に浸かりそうになったこともあるそうです。

加藤牧場は、亡父・加藤太一郎さんが、“輪中”では洪水に見舞われる危険性があるので、少しでも収入の安定化を狙って、昭和46年に育成牛16頭の預託を引き受けたことに始まります。
預託は、思ったよりも収益が上がらないため、翌年酪農に切り替え、2年後の昭和48年には、48頭牛舎を完成させ、本格的に酪農を始めます。

太一郎さんは、カナダの実習から帰ってくる息子、康利さんのために、昭和61年、30頭分増設した78頭牛舎を完成させ、牛も揃えて待っていました。 親子3人と、近所の人にも手伝ってもらい、4人で78頭の酪農経営へ乗り出します。

太一郎さんは公務で忙しく、夕方の搾乳時にいないことも多く、また、朝の搾乳も午前8時15分頃には出かけられるように、皆で時間を調整していました。

平成3年、加藤さんが26才の時に、印鑑と通帳を渡され、実質的に経営を移譲されました。

奥様・晴美さんは、高校時代の同級生で、岡崎の全寮制だった大学に入っている時も、カナダのオンタリオでの遠距離恋愛も越えて、帰国した翌年、昭和62年10月に結婚。
「当時、海外へ実習に行きたいと、目をキラキラさせて夢を語り、本当に格好良かったのよ!(笑)」と晴美さん。

そして、翌年には、一人息子の悠太君が誕生しました。
サラリーマン家庭で育った晴美さんは、酪農も農業も全く知らず、「酪農をよく知らなかったからお嫁に来れたのかも。」と加藤さんは笑います。

加藤康利(44)さん

晴美(44)さん

「酪農家は、毎日の搾乳があるので、一人で出掛けることは出来ても、夫婦で旅行はなかなか出来ないんです。うちは本当に恵まれた環境で、両親が旅行に出掛ける時は私達夫婦で。私達夫婦が出掛ける時は、両親が後を引き受けてくれたので本当に助かりました。」
悠太くんを出産後、お祖母さんに子供を預けて、それまで手伝うことはなかった搾乳を手伝い始め、今では夫婦仲良く毎日の作業をこなし、関係者内でも、とても仲の良いご夫婦で知られています。

200頭牛舎と発酵ハウスと堆肥舎の建設

糞尿処理が厳しく言われた平成11年4月に、リース事業などを利用して繋ぎ飼いの牛舎から、200頭収容のフリーストール牛舎、5頭複列のタンデム型ミルキングパーラー、発酵ハウスと堆肥舎を新築、稼動させます。
この地域10軒の酪農家の中で最大の規模です。

発酵ハウスの牛舎側の投入口に、におい対策で産業廃棄物のコーヒー粕を生糞に混ぜて入れ、80mの長さを2回通して発酵させます(ここまでで40日間位)。
排出口へ送られてきたものを、堆肥舎の一番端へ積み上げます。
一番右だけエアレーションで下から空気を送って発酵を促進し、左隣りへと順に移しながら、切り返して、3〜4ヶ月で完熟させています。

堆肥の半分は、有料で近所の野菜農家等へ配達配布し、残りは、牛舎の戻しの敷き料に利用し、自家消費しています。

この地区は湿地が多く、レンコンの栽培に適しています。「立田レンコン」は日本の三大産地のひとつです。このレンコン畑にも加藤牧場の堆肥が使われています。

200頭牛舎

ミルキングパーラー(搾乳室)

発酵ハウス

堆肥舎

牛を想う

加藤牧場は、牛の健康にも大変気をつかっています。牛舎にもいたるところに細かい配慮が施されています。
牛舎の周りは虫と鳥よけのおおいを施し、牛をストレスから守ります。天井には大型の扇風機と設定温度以上になると、細かい霧をまく噴霧機を設置して、暑い夏から牛を守ります。また、下に敷く敷き料にはおが屑などを使います。

虫・鳥よけの覆い

扇風機と噴霧機

おが屑

どこの牧場でも、ねずみは大敵です。時として、電気系統のコードをかじられ火事になることもあるといいます。
加藤牧場でも、ねずみハンターとして猫を飼っています。
取材中も親猫「ノン」と、子猫3匹「レオ」「ジュリー」「キキ」が、周りをパトロールするかごとく歩き回ってました。
今年(平成21年)4月に子猫が3匹生まれてからは、ネズミの被害がピタリと収まりました。
どの子がネズミを取るのかわからないので、里子に出せないそうです。
キャットフードと美味しいミルク、やさしい飼い主に見守られて、猫ちゃん達は幸せそうです。

酪農教育ファーム

酪農は、ご近所と共存しないと存続できないので、開かれた牧場を目指しています。
中学校の職場体験、スーパーの消費者見学ツアー、小学生の見学の受け入れを自己流でやっていました。
村の役場から「牧場見学の研修会があるから受けてみたら…」という話で受講してみたら、それが酪農教育ファームでした。

平成12年に酪農教育ファームが始まりましたが、その翌年には認証されました。
酪農教育ファームの事務や受付は晴美さん。会合は康利さん。当日はご夫妻で分担して年間200名ほどを受入れています。

下の写真は、職業体験で訪れた中学生たちと作ったドラム缶のオブジェです。牧場内に数箇所置かれています。

教育ファーム認証の看板

子供たちの歓声が響く牧場

子供たちと作ったドラム缶のオブジェ

県酪農協から「鉛筆にメッセージを入れられる。作ってみたら?」と言われて二人で考えた名前入りの鉛筆。
この鉛筆に印字した「『「牛乳」それは牛達からの贈り物』が、僕たちの経営モットーかな」と、語られました。
取材途中、奥様手作りのアイスクリームを頂きました。さすが、ミルクの味が濃くてとても美味。
あくまでも趣味で作っていて、特に販売することは考えていないそうで、近所の農家の方から野菜などをいただいたときのお礼に差し上げる程度と笑っておられました。採れたての牛乳、生クリーム、スキムミルク、砂糖で丁寧に作られたアイスクリームはどこのお店のものにも負けない絶品でした。

親子3人の酪農を楽しみに

一人息子の「悠太」君は現在、北海道の牧場で実習生として働いています。
この牧場を継ぐことが本当に悠太君にとって幸せなのか?
母、晴美さんは悩んだそうです。帰郷した時に『「普通のサラリーマンになることも考えてみたら」と言おうとしたけど、口まで出かかって言えなかった…』と。
来年か、再来年にはこの牧場を継ぐため、戻ってくる悠太君。お母さんとしては、ほっとしたのが半分、将来の不安も半分の複雑な心境とか。

ピークの平成12年頃は、170頭搾り、日量5.5t。
しかし、BSE問題で牛の更新が滞り、その後の生産調整で牛の頭数は減っていきます。
現在は、加藤牧場の出荷日量は、約2.5トン。ピーク時のおよそ半分になりました。

「その当時、6tのバルククーラーが満杯で大丈夫かと思っていたけど、昔の搾乳量は夢のまた夢ですよ」と晴美さん。

「息子のために、牛舎の修繕も終わらせておきたい。昔は飼料のデントコーンを植えていたが、牛舎が忙しくなってそのままだし…」と、加藤さん。

悠太くんは、牛舎をしっかり経営出来るようになったら、色々なことをやってみたいと考えてくれているそうです。

牛乳の消費量が増えて、200頭牛舎に牛が一杯いて、親子3人で加藤牧場を運営していくのが夢。
先祖代々受け継いだこの土地で、仕事をして、次の代へと引き継いでいくことが加藤さんの当面の課題です。

編集後記

「雪印メグミルクは自社の利益だけじゃない、生産者の方も向いている乳業メーカーだと思う。トップを目指し、がんばって下さい」と加藤さん。
加藤さんの重い言葉を頂き、身の引き締まる思いで取材を終了しました。
先祖代々引き継いできた輪中の地で、加藤さん親子が、200頭牛舎をフル稼働出来るよう、雪印メグミルクも牛乳の消費拡大にがんばらなければと心に誓いました。
現在、加藤牧場の牛乳は全量、雪印メグミルク名古屋工場に入り、名古屋市内の学校給食や宅配の牛乳になります。
大変お忙しい中、取材へご協力頂き本当にありがとうございました。

2009年7月盛夏

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