「全社員に告ぐ」

これは1955年(昭和30年)3月、八雲工場食中毒事件発生後に、当時雪印乳業株式会社の社長であった故 佐藤 貢が、「品質で失った信頼は品質で取り戻す」ことを誓い、全社員に対して発した言葉である。

全社員に告ぐ

社長 佐藤 貢

今回東京都における学童給食に際し発生した八雲工場の脱脂粉乳中毒問題は当社にとって全く今まで経験したことのない初めての問題であり、しかもそれが全国に大きなセンセイションをまき起し、日本の乳業界における未曽有の大事件になったのであって、当社の三十年の光輝ある歴史に拭うことのできない一大汚点を残したことについては返えす返えすも残念至極の次第である。
この影響するところ極めて大であり、消費者の信用を失墜し、脱脂粉乳は元より他の全ての製品の販路にも重大なる影響をおよぼし、生産者に不安を与え、監督官庁にも尠なからず迷惑をおよぼしたのである。これは正に当社に与えられた一大警鐘である。
平素から当社の生命は品質であるということについては内外ともに認めているところであって、品質によって始めて当社の存在があり、当社の繁栄がありまた社員の幸福があるのである。したがってこれなくして当社は絶対に立ち得ないということは凡ゆる機会に述べていたのであるが、今回の問題は正にその品質管理において全くゼロに近いものであつたと言わざるを得ないのである。
牛乳および乳製品は人類にとって最も栄養に富む、食品であると同時に細菌にとつてもまた理想的な栄養物であり、通常の殺菌工程においては全細菌は死滅するものでないからこれが保存温度を誤ればたちまち短時間にして再度無数に繁殖するものである。
従って工場と市場とを問はず常にその保存と取扱いに細心の注意を払はなければ直ちに品質は汚染され、変質するのであるから常に周到な管理が必要である。適切なる殺菌と急速なる冷却が優良なる製品を造り上げる最大の鍵であり、市場における細心の管理が品質保全の絶対要件なのである。
この協力があって始めて製品の信用と声価を高めることができるのである。この協力の責任を果さずして他に責任を転稼することは許されない。
当社の使命は人類にとって最高食品である牛乳および乳製品を最も衛生的に生産し、豊富に国民に提供して国民の食生活を改善し、日本の食糧問題を解決し、ひいては国民の保健、体位の向上に資することにあるのであり、全従業員またこれに大なる誇りをもっているのである。しかるにこの使命に逆行し、あるいはこれを没却し不良製品を供給するに至っては当社存立の社会的意義は存在しないばかりでなく、社会的な責任から言っても全く申し訳のないことなのである。
しかしてこの使命達成は決して容易な事ではない。しかし事務と技術の如何を問はず、全社員が真にこの使命観に徹し、全社的立場において物を考え、各々の職責を正しくかつ完全にこれを果し、会社を愛する熱情に燃えて相協力し、他の足らざるところを互に相扶け、相補ない絶えず工夫し研究して時代の進運に遅れないよう努力するならば決して不可能ではない。
当社の事業において唯―人の怠る者があり、責任感に欠ける者がある場合、それが社会的に如何なる重大事件を生じ、社業に致命的影響を与えるものであるかは今回の問題が何より雄弁にこれを物語っておりわれわれは痛切にこれを体験したのである。
多数農家の血と汗の結晶である牛乳が多くの資材と労力を費やして製品化されるのであるが、一人の不注意によってこれを焼却し、あるいは廃棄しなければならぬ結果を生ずるのである。
わが雪印がこの信用を獲得するためには、今日まで三十年の長きに亘ってあらゆる努力を続けたその結果であるはずである。
信用を得るには永年の歳月を要するが、これを失墜するのは実に一瞬である。
しかして信用は金銭では買うことはできない。
これを取戻すためには今までに倍した努力が集積されなければならないのである。
如何なる近代設備も、優秀なる技術と細心の注意なくしては、死物同然であって一文の価値をも現わさないばかりでなく、却って不幸を招く大なる負担となるのである。
機械はこれを使う人によって、良い品を生産し、あるいは不良品を生産する。いかに近代的な優秀な機械と雖も、これを使うのは結局人間であって、人間が機械に使われるものではない。この機械を如何に活用するか、その性能を百パーセント発揮するか否かは実にこれを使う人間にあるのである。そして人間の精神と技術とをそのまま製品に反映する。機械はこれを使う人間に代って仕事をするものであり、進んだ機械程敏感にその精神と技術を製品に現わすのである。
今回発生した問題は、当社の将来に対して幾多の尊い教訓をわれわれに与えている。これを単に一工場の問題として葬り去るにはあまりにも犠牲は大きく、当社の社会的責任は大である。この名誉を回復するためには、八雲工場のみの努力では不可能である。
われわれ全社員がこの問題を徒らに対岸の火災視することなく、各々の尊い反省の資料としてこれを受入れ、全員が一致団結し、真に謙虚な気持をもって愈々技を錬り職務に精励し、誠意と奉仕の精神とをもって、生産者と顧客に接する努力を続けるならば、必ずや従来の信用を取戻すことが出来るばかりでなく、ますます将来発展への契機となることを信じて疑はない。
諸君がもし、会社と運命をともにする決意があるならば、必ず私のこの心からなる願いを諸君の心として社業に専念せられることを信じ敢えてこれを全社員の心に訴える次第である。

昭和三十年三月十日
(原文)

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