「日本人にとっての、おいしいチーズを求めて」第二回

~チーズとともに歩んできた人たちへのインタビュー~

第二回 田中穂積さん(元・雪印メグミルク株式会社 チーズ研究所所長、現・チェスコ株式会社技術顧問)

Profile:1975年に新潟大学農学部を卒業し、雪印乳業株式会社(当時)に入社。以来、技術者としてプロセスチーズ及びナチュラルチーズの製造、研究・開発に従事する。1987年に発売された『とろけるスライス』の開発に携わり、大ヒット商品となる。2004年から8年間にわたり「雪印メグミルク チーズ研究所」の所長を務め、日本人の口に合う“国産ナチュラルチーズ”の研究開発に専心する。2012年、チェスコ株式会社の技術顧問となり、後進の指導に当たりながら、チーズに関する講演などを手掛け、ALL JAPANナチュラルチーズコンテスト審査員を務める。

プロセスチーズ技術者からナチュラルチーズ技術者に

1987年に開発した「とろけるスライス」がヒット商品となった時期に、山梨県・小淵沢にあるチーズ研究所へ異動を命じられました。入社以来13年間ずっとプロセスチーズに携わってきた私でしたが、会社の社員育成・多能化の方針に沿って、新しくナチュラルチーズの開発を担当することに。

ナチュラルチーズ作りとは、乳酸菌をコントロールする仕事

食品のおいしさは、おもに「風味」と「食感」で評価されますが、ナチュラルチーズにおいては、乳酸菌が「風味」と「食感」に深く関与しているのです。
酸・アルカリの指標としてpH(ピーエッチ)値が一般的に知られていますが、ナチュラルチーズにおいては乳酸菌がつくる乳酸により、pH値が大きく変動します。乳酸がつくられるにつれてpH値が下がり、酸っぱさが増し、弾力性が少なくなり、砕けやすく脆い食感となります。
また、乳酸菌はチーズの熟成にも関与し、たんぱく質分解酵素により、ペプチドやアミノ酸を生成させ芳醇な風味とします。
このように、乳酸菌は、チーズの製造工程、熟成工程で、風味や食感の形成に大きな役割を担っていることから「ナチュラルチーズ製造技術は、乳酸菌のコントロール技術」と言われる由縁になっているのです。

日本人のためのナチュラルチーズを追い求めて

私が特にこだわったのが、「日本人の嗜好に合うナチュラルチーズを作りたい」という点でした。輸入チーズに頼りきりではなく、日本人の嗜好に合う「風味」や「食感」をもった“日本人のためのナチュラルチーズ”の開発に向け取り組みました。
まず最初に、日本人の嗜好について、調べてみると4つの大きな特徴・傾向がある事に気づきました。
1つ目は「旨味」です。日本人は旨味のある食品が大好きであること。
日本の伝統的な調味料である味噌、醤油、鰹節、昆布、椎茸には、アミノ酸や核酸などの旨味成分が含まれており、和食のだしの成分となっています。
2つ目は「におい」です。日本人は脂肪の酸化臭や分解臭が苦手であること。
天ぷら油が古くなったにおい、山羊乳や羊乳のにおい、ブルーチーズのにおいなどは、敬遠される傾向にあります。
3つ目は「歯触り」です。日本人は「歯触り、舌触り、喉越し」を大切にしていること。
「歯触り、舌触り、喉越し」といった繊細な口中感覚を、日常会話の中で細かく使い分けて表現していますが、海外の言葉には口中感覚を表現する語彙が少ない。とりわけ、日本人は、滑らかな舌触りを好み、噛んだ時に歯に貼りつく歯触りを嫌い、食品を飲み込んだ時に滑らかな喉越しを好む傾向にあります。
4つ目は「色」です。日本人は白い色が大好きであること。
これは食べ物以外にも言えるのですが、日本人はとにかく白が好きです。食品においても、白米、蒲鉾、豆腐、白砂糖など、白いものが好まれる傾向にあります。

日本人の嗜好を追求した「チーズファーム」シリーズの誕生

1980年からチーズ研究所で開発してきた“日本人の嗜好を追求したチーズ”の集大成として「チーズファーム」シリーズを1990年に商品化しました。この「チーズファーム」は、グループ会社のチェスコが首都圏のデパートに持つチーズショップなどで、テスト販売を行いました。しかし、当時は、日本におけるチーズの消費量が、現在の半分程度しかなかった頃で、今日ほど国産のナチュラルチーズに対する期待感も少なく、国産ナチュラルチーズの販売は時期尚早ということで、数年間でテスト販売は終了となりました。
そのような当時の市場環境でしたが、当時は珍しかった“水に浮かぶフレッシュな「モッツァレラ」”は人気があり、“青と白のコントラストが美しく、旨味があり脂肪の分解臭の少ない「ブルーチーズ」”、“穏やかな風味で歯触りの良いセミハードタイプの「淡雪」”なども完売することもあり、日本人の嗜好に合ったチーズを求める消費者の手応えを感じることができました。

(第3回に続く)

※この記事は、2017年6月に実施したインタビューをもとに執筆しています。登場する会社名・固有名詞は田中穂積さんのお話に基づいて掲載しております。

関連マガジン

他のチーズマガジンを読む

チーズQ&A

チーズQ&Aを見る

この記事をみんなに教える